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霜枯れはそことも見えぬ草の原
誰に問はまし秋の名残を

歌の意味
霜枯れの今は、どこがそこともわからない草の原である。誰に尋ねたらよいのだろうか、秋の名残を。
鑑賞
巻第六 冬歌 617

詞書「題しらず」
 霜と冬枯れを詠む一連の七首目である。霜枯れて見分けのつかなくなった草の原で、秋の名残を誰に尋ねようかと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者は藤原俊成の孫にあたり、俊成の養女となった。源通具の妻となり、後鳥羽院の歌壇で活躍した。
 場面は霜枯れの冬、場所は一面に枯れた草の原である。
 直接の契機は伝わらない。
 「草の原」の語は、『源氏物語』花宴の巻で朧月夜が詠んだ「うき身世にやがて消えなば尋ねても草の原をば問はじとや思ふ」を踏まえる。この語をめぐっては、六百番歌合の判詞で藤原俊成が、源氏物語を読まない歌詠みは遺恨のことであると述べたことが知られている。

 初句「霜枯れは」は、霜にあって草木の枯れた今は、の意である。
 二句「そことも見えぬ」は、どこがそこともわからない、の意である。一面に枯れて、かつての花野の場所の見分けもつかないことをいう。
 三句「草の原」は体言で、ここで切れる三句切れである。『源氏物語』の朧月夜の歌で、亡きあとを尋ねる場として詠まれた語であり、過ぎ去った秋の跡を尋ねる心が重ねられている。
 四句「誰に問はまし」は、誰に尋ねたらよいのだろうか、の意で、「まし」はためらいを表す。
 結句「秋の名残を」は、過ぎ去った秋の名残を、の意で、四句とは倒置の関係になる。霜枯れの野に秋の跡を尋ねようにも尋ねる相手がないという嘆きで、朧月夜の歌の、尋ねても草の原を問わないつもりかという恨みを、尋ねる側の心として受けとめている。本巻の第六百十首が霜に露の宿りの跡を訪ねる月を詠んだのに対し、この歌は霜枯れの草の原に秋の跡を尋ねる人を詠み、失われたものの跡を尋ねる趣向が続いている。

しもがれ:霜にあって草木が枯れること
なごり:過ぎ去ったものの後に残る気配
作者
俊成卿女
出典
新古今和歌集
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