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影さへに今はと菊のうつろふは
波の底にも霜や置くらん

歌の意味
水に映る影までも、もう今はこれまでと菊が色あせてゆくのは、波の底にも霜が置くからなのだろうか。
鑑賞
巻第六 冬歌 623

詞書「同じ御時大井川に行幸侍りける日」
 霜と冬枯れを詠む一連の十三首目である。川面に映る菊の影までも色あせてゆくのは、波の底にも霜が置くからだろうかと詠む。詞書によれば、前歌と同じ醍醐天皇の御代に、大井川に行幸があった日の歌である。
 作者は坂上田村麻呂の子孫とされる歌人で、三十六歌仙の一人である。
 場面は霜の置く頃、場所は山城国の大井川である。
 直接の契機は、醍醐天皇の大井川行幸の折の詠である。

 初句「影さへに」は、水面に映る影までも、の意で、「さへ」は添加を表す副助詞である。岸の菊だけでなく、川に映る菊の影までも、という。
 二句「今はと菊の」は、もう今はこれまでと菊が、の意である。
 三句「うつろふは」は、色あせてゆくのは、の意である。菊が霜にあって色の変わってゆくことをいう。
 四句「波の底にも」は、影の映る波の底にも、の意である。
 結句「霜や置くらん」は、疑問の係助詞「や」を受けて推量の助動詞「らん」の連体形で結び、霜が置くのだろうか、と推し量る。菊の色の変わるのは霜が置くためであるという通念に立ち、水に映る影までが色を変えるのは、波の底にまで霜が置くからかと理屈を差し向けている。前歌の霜を置いたまま色まさる菊に続き、延喜の御代の霜と菊の三首を結んでいる。本巻の第五百五十五首で紅葉のとどまる川として詠まれた大井川が、ここでは菊の影を映す川として詠まれている。

うつろふ:色があせる、色が変わる
作者
坂上是則
出典
新古今和歌集
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