冬深くなりにけらしな難波江の
青葉まじらぬ葦の群立ち
- 歌の意味
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冬が深くなったらしいな。難波江の、青い葉の少しも交じらない葦の群立ちを見ると。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 626
詞書「崇徳院に十首歌奉りける時」
霜と冬枯れを詠む一連の十六首目である。難波江の葦の群立ちに青い葉が交じらなくなったのを見て、冬の深まりを知る。詞書によれば、崇徳院に十首歌を奉った時の歌である。
作者は藤原宗通の子で、大納言に至り、蹴鞠の名手として知られた。
場面は冬の深まる頃、場所は摂津国の難波江である。
直接の契機は、崇徳院に十首歌を詠進したことである。
初句「冬深く」は、冬が深く、の意である。
二句「なりにけらしな」は、なったらしいなあ、の意である。「けらし」は「けるらし」のつまった形で、根拠に基づいて推し量る意を表し、「な」は詠嘆の終助詞である。ここで切れる二句切れで、下の句はその根拠を示す。
三句「難波江の」は摂津国の歌枕で、葦の生い茂る入江として詠まれてきた。
四句「青葉まじらぬ」は、青い葉の交じらない、の意である。すべての葉が枯れ尽くしたことを示す。
結句「葦の群立ち」は体言止めで、群がって立つ葦をいう。前歌が難波の葦の枯れ葉に風の音を聞いたのを受け、同じ難波の葦を目で捉えて、青葉の一枚もないことから冬の深まりを推し量っている。前歌の耳で捉えた枯れ葦と、この歌の目で捉えた枯れ葦とで、難波の葦の二首が並べられている。
なにはえ:摂津国の難波の入江
むらだち:群がって立っていること
- 作者
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藤原成通
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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