- 歌の意味
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東国への道の冬草が茂り合って、流れの跡さえ見えない忘れ水であることよ。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 628
詞書「東に侍りける時、都の人に遣はしける」
霜と冬枯れを詠む一連の十八首目である。東路の道の冬草が茂り合って、流れの跡さえ見えなくなった忘れ水を詠み、都の人に忘れられてゆく身をよそえる。詞書によれば、東国にいた時に都の人に贈った歌である。
作者は伊勢大輔の娘で、延信王の妻となり、康資王を生んだことから「康資王母」と呼ばれた女房である。実名は伝わらない。
場面は冬、場所は東国の道である。
直接の契機は、東国にいた時に、都の人へ歌を贈ったことである。
初句「東路の」は、都から東国へ向かう道の、また東国の、の意である。
二句「道の冬草」は、道に生える冬の頃の草をいう。
三句「茂りあひて」は、茂り合って、の意で、六音の字余りである。
四句「跡だに見えぬ」は、跡さえ見えない、の意で、「だに」は、…さえ、の意を表す副助詞である。
結句「忘れ水かな」は、詠嘆の終助詞「かな」で結ぶ。「忘れ水」は、野中などを人に知られず絶え絶えに流れる水をいい、その名によって、都の人に忘れられてゆく我が身をよそえている。冬草に覆われて跡も見えない水に、遠い東国にいて音信も途絶えがちな身の上を重ねた歌である。前歌が冬の山里に友を求めたのに続き、遠く離れた都の人を思う歌が置かれている。
あづまぢ:都から東国へ向かう道、また東国
わすれみづ:野中などを人に知られず絶え絶えに流れる水
- 作者
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康資王母
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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