ひとり見る池の氷に澄む月の
やがて袖にも映りぬるかな
- 歌の意味
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ひとりで見る池の氷に澄みわたる月の光が、そのまま私の袖にも映ってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 640
詞書「守覚法親王五十首よませ侍りけるに」
氷を詠む一連の十二首目である。ひとりで見る池の氷に澄む月の光が、そのまま袖にも映ったと詠む。詞書によれば、守覚法親王が詠ませた五十首歌の中の一首である。
作者は権中納言藤原俊忠の子で、正三位皇太后宮大夫に至り、出家して釈阿と号した。『千載和歌集』を撰進し、藤原定家の父である。
場面は冬の夜、場所は凍った池のほとりである。
直接の契機は、守覚法親王が歌人たちに詠ませた五十首歌への詠進である。
初句「ひとり見る」は、ひとりで見る、の意で、二句の「池」にかかる。孤独な身の上を最初に示す。
二句「池の氷に」は、凍った池の面に、の意である。
三句「澄む月の」は、澄みわたる月の光が、の意である。
四句「やがて袖にも」は、そのまま袖にも、の意で、「やがて」は、そのまま、すぐに、の意である。
結句「映りぬるかな」は、映ってしまったことだ、の意で、「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形、「かな」は詠嘆の終助詞である。池の氷に映る月がそのまま袖にも映るというのは、ひとりで見る寂しさに流す涙が袖を濡らし、その涙に月が映ったことを示している。前歌の凍るように冴えて出る湖上の月から、池の氷と袖の涙に映る月へと移り、氷と涙とが月を映すものとして重ねられている。
うつる:物の姿が水面などに現れる
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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