月ぞ澄む誰かはここにきのくにや
吹上の千鳥ひとり鳴くなり
- 歌の意味
-
月が澄みわたっている。誰がここに来ようか、誰も来はしない。紀伊国の吹上の千鳥が、ひとりで鳴いている。
- 鑑賞
-
巻第六 冬歌 647
詞書「五十首歌奉りし時」
千鳥を詠む一連の七首目である。月の澄む紀伊国の吹上の浜に訪れる人もなく、千鳥がひとりで鳴いていると詠む。詞書によれば、五十首歌を奉った時の歌である。
作者は関白九条兼実の子で、摂政太政大臣に至り、『新古今和歌集』の仮名序を執筆した。
場面は月の澄む夜、場所は紀伊国の吹上の浜である。
直接の契機は五十首歌の詠進である。詞書には、どの催しでの五十首であるかは記されていない。
初句「月ぞ澄む」は、係助詞「ぞ」を受けて動詞「澄む」の連体形で結ぶ係り結びで、月が澄みわたっている、の意となる。ここで切れる初句切れである。
二句「誰かはここに」の「かは」は反語を表し、誰がここに来ようか、誰も来はしない、の意となる。
三句「きのくにや」の「き」には、二句から続く「来」の意と、地名「紀の国」の「紀」が掛けられている。「や」は間投助詞である。
四句「吹上の千鳥」は、紀伊国の吹上の浜の千鳥をいい、前歌と同じく吹上の浜が詠まれている。
結句「ひとり鳴くなり」は、ひとりで鳴いている声がする、の意で、「なり」は伝聞推定の助動詞である。訪れる人のない月夜の浜で千鳥もまたひとり鳴くという、人と鳥との孤独を重ねた歌である。前歌が波の立つ夜半の吹上の浜千鳥を詠んだのに対し、この歌は月の澄む静かな吹上の千鳥を詠み、同じ浜を波と月との二つの景で並べている。本巻の第六百四十四首が群れて羽を交わす浜千鳥を詠んだのに対し、ここでは「ひとり」鳴く千鳥が詠まれている。
きのくに:地名の「紀の国」に、「来」の意を掛ける
- 作者
-
藤原良経
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-