降り初むる今朝だに人の待たれつる
深山の里の雪の夕暮
- 歌の意味
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雪の降り始めた今朝でさえ、人の訪れが自然と待たれたのに、ましてこの深山の里の雪の夕暮れは。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 663
詞書「入道前関白右大臣に侍りける時、家歌合に雪をよめる」
雪を詠む一連の七首目である。雪の降り始めた今朝でさえ人の訪れが待たれたのに、雪の積もった深山の里の夕暮れはなおさらだと詠む。詞書によれば、九条兼実が右大臣であった時に、その家の歌合で雪を詠んだ歌である。
作者は俗名を藤原定長といい、藤原俊成の甥で、その養子となったが、のちに出家した。『新古今和歌集』の撰者に選ばれたが、撰進の完了を待たずに没した。
場面は雪の降り積もった夕暮れ、場所は深山の里である。
直接の契機は、九条兼実が右大臣であった時の家の歌合での「雪」の題による詠である。「入道前関白」は、のちに関白となり出家した兼実を指す呼称である。
初句「降り初むる」は、雪の降り始めた、の意で、二句の「今朝」にかかる。
二句「今朝だに人の」の「だに」は、軽いものを挙げて重いものを類推させる副助詞で、今朝でさえ、の意となる。
三句「待たれつる」は、自然と待たれた、の意で、「れ」は自発の助動詞「る」の連用形、「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形である。ここで切れる三句切れである。
四句「深山の里の」は、奥深い山の里の、の意である。
結句「雪の夕暮」は体言止めで、雪の積もった夕暮れをいう。「だに」によって、降り始めの今朝でさえ人が待たれたのだから、積もって道も閉ざされた夕暮れはなおさら人が待たれる、という心を言外に示している。本巻の第六百二十七首が冬の山里に同じ心の人を求めたのと、雪の山里に人を待つ孤独を共有しており、前歌の岡の松の初雪から、雪に閉ざされた山里の夕暮れへと移っている。次歌の第六百六十四首も、雪の朝に人の訪れを待つ心を詠んでいる。
ふりそむ:降り始める
みやま:奥深い山
- 作者
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寂蓮
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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