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今日はもし君もや訪ふとながむれど
まだ跡もなき庭の雪かな

歌の意味
今日はもしやあなたも訪ねてくださるかと眺めているけれど、まだ足跡ひとつない庭の雪であることよ。
鑑賞
巻第六 冬歌 664

詞書「雪の朝、後徳大寺左大臣のもとに遣はしける」
 雪を詠む一連の八首目である。雪の朝、今日はもしや訪ねてくれるかと眺めていても、庭の雪にはまだ足跡もないと詠む。詞書によれば、雪の朝に後徳大寺左大臣藤原実定のもとへ送った歌で、次歌の第六百六十五首はその返しである。
 作者は権中納言藤原俊忠の子で、正三位皇太后宮大夫に至り、出家して釈阿と号した。『千載和歌集』を撰進し、藤原定家の父である。
 場面は雪の朝、場所は作者の住まいの庭である。
 直接の契機は、雪の朝に、甥にあたる藤原実定のもとへ便りとして歌を送ったことである。

 初句「今日はもし」は、今日はもしや、の意である。
 二句「君もや訪ふと」は、あなたも訪ねてくるかと、の意で、「や」は疑問の係助詞である。雪の朝には風流を解する人が訪ねてくるものという心がある。
 三句「ながむれど」は、じっと眺めているけれど、の意で、「ど」は逆接の接続助詞である。
 四句「まだ跡もなき」は、まだ足跡もない、の意である。
 結句「庭の雪かな」は、詠嘆の終助詞「かな」で結ぶ。訪れる人の足跡の見えない雪の庭によって、待つ人の来ないことを示し、訪ねてくれない相手へのやわらかな恨みを込めて誘う歌である。前歌が雪の山里の夕暮れに人を待つ心を詠んだのに続き、この歌は雪の朝に実際に相手に呼びかけている。本巻の第六百五十九首の「跡だにもなし」と同じく、雪の上の「跡」が人の訪れのしるしとして詠まれている。

とふ:訪れる
ながむ:物思いにふけってじっと見る
作者
藤原俊成
出典
新古今和歌集
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