音羽山さやかに見ゆる白雪を
明けぬと告ぐる鳥の声かな
- 歌の意味
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音羽山にくっきりと見える白雪を、夜が明けたものと思って告げる鶏の声であることよ。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 668
詞書「上の男ども暁望山雪といへる心を仕うまつりけるに」
雪を詠む一連の十二首目である。音羽山にくっきりと見える白雪の明るさを、夜明けと思って告げる鶏の声を詠む。詞書によれば、殿上人たちが「暁望山雪」の題で歌を詠進した折の歌である。
作者は後白河天皇の皇子で、平清盛の娘徳子を中宮とした。
場面は暁、場所は音羽山を望む所である。
直接の契機は、殿上人たちが「暁望山雪」(暁に山の雪を望む)の題で歌を詠進した折の詠である。
初句「音羽山」は、山城国と近江国の境にある山で、歌枕として詠まれてきた。
二句「さやかに見ゆる」は、はっきりと見える、の意である。暁の暗さの中で、山の雪だけが白く明るく見えることをいう。
三句「白雪を」は、音羽山の白雪を、の意である。
四句「明けぬと告ぐる」は、夜が明けたと告げる、の意で、「ぬ」は完了の助動詞である。雪の明るさを夜明けの光と見誤ったことをいう。
結句「鳥の声かな」は、詠嘆の終助詞「かな」で結ぶ。「鳥」は夜明けを告げる鶏をいう。暁の山の雪の白さを、鶏が夜明けと取り違えて鳴くという見立てによって、雪の明るさを示している。題の「暁望山雪」を、雪を望む人の目ではなく鶏の声を通して詠んでいる。前歌が夜更けの寝覚めに雪の音を聞いたのに続き、この歌は暁の雪の明るさを鶏の声によって示しており、夜から暁へと時が進んでいる。
とり:ここでは夜明けを告げる鶏
- 作者
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高倉天皇
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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