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山里は道もや見えずなりぬらん
紅葉とともに雪の降りぬる

歌の意味
山里では、道も見えなくなってしまっただろうか。散り敷いた紅葉とともに、雪が降り積もってしまったので。
鑑賞
巻第六 冬歌 669

詞書「紅葉の散れりける上に初雪の降りかかりて侍りけるを見て、上東門院に侍りける女房に遣はしける」
 雪を詠む一連の十三首目である。散り敷いた紅葉の上に初雪が降りかかったのを見て、山里では紅葉と雪とで道も見えなくなっただろうかと思いやる。詞書によれば、紅葉の上に初雪の降りかかったのを見て、上東門院に仕える女房に送った歌である。
 作者は参議藤原広業の子で、文章博士、式部権大輔を務め、正四位下に至った。
 場面は紅葉の上に初雪の降った日、場所は作者の住まいである。
 直接の契機は、散り敷いた紅葉に初雪の降りかかったのを見て、上東門院藤原彰子に仕える女房に便りとして歌を送ったことである。

 初句「山里は」は、山あいの里では、の意で、「は」はほかと区別して取り立てる。都の自分の庭に対して、山里を思いやる。
 二句「道もや見えず」の「や」は疑問の係助詞で、三句の「らん」と呼応する。道も見えなくなって、の意である。
 三句「なりぬらん」は、なってしまっただろうか、の意で、「ぬ」は完了、「らん」は現在推量の助動詞である。ここで切れる三句切れで、下の句とは倒置の関係になる。
 四句「紅葉とともに」は、散り敷いた紅葉とともに、の意である。
 結句「雪の降りぬる」は、雪が降ってしまったので、の意で、「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形であり、連体形で結んで余情を残す。散った紅葉が道を覆い、その上をさらに雪が覆うという、秋の名残と冬の到来とが重なる景を、目の前の庭から山里へと押し広げて思いやる歌である。本巻の第六百六十首から続く初雪の歌の中で、紅葉と初雪の取り合わせによって、秋から冬への移り目を示している。

やまざと:山あいにある人里
作者
藤原家経
出典
新古今和歌集
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