寂しさをいかにせよとて岡辺なる
楢の葉しだり雪の降るらん
- 歌の意味
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この寂しさをどうせよというので、岡のほとりの楢の葉がしなだれるほどに、雪が降るのだろうか。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 670
詞書「野亭雪をよみ侍りける」
雪を詠む一連の十四首目である。岡のほとりの楢の葉がしなだれるほどに雪が降るのを見て、この寂しさをどうせよというのかと嘆く。詞書によれば、「野亭雪」の題で詠まれた歌である。
作者の生没年や出自、官職について確かなことは伝わらない。
場面は雪の降る冬、場所は岡のほとりの野中の住まいである。
直接の契機は「野亭雪」(野中の住まいの雪)の題による詠である。
初句「寂しさを」は、野中の住まいの寂しさを、の意である。
二句「いかにせよとて」は、どうせよというので、の意で、雪に向かって問いかける形である。
三句「岡辺なる」は、岡のほとりにある、の意で、「なる」は存在を表す助動詞「なり」の連体形である。
四句「楢の葉しだり」は、楢の葉がしなだれて、の意である。冬にも枝に残る楢の枯れ葉が、雪の重みでしなだれるさまをいう。
結句「雪の降るらん」は、雪が降るのだろうか、の意で、「らん」は原因を推し量る現在推量の助動詞であり、二句の「いかにせよとて」と呼応する。寂しい野中の住まいに、さらに寂しさを募らせるように雪が降り続くことを、雪の意図を問う形で嘆いている。前歌が紅葉と雪に道の閉ざされた山里を思いやったのに続き、この歌は雪に閉ざされた野中の住まいの寂しさを詠み、本巻の第六百六十三首の雪の山里の夕暮れとも、雪の中で人の訪れを欠く寂しさを共有している。
をかべ:岡のほとり
なら:ブナ科の落葉高木
しだる:しなだれて垂れ下がる
- 作者
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藤原国房
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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