- 歌の意味
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馬をとめて、袖に積もる雪を払い落とすための物陰もない。佐野の渡し場の、雪の夕暮れよ。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 671
詞書「百首歌奉りし時」
雪を詠む一連の十五首目である。雪の夕暮れの佐野の渡りには、馬をとめて袖の雪を払う物陰さえないと、旅人の姿を詠む。詞書によれば、百首歌を奉った時の歌である。
作者は藤原俊成の子で、『新古今和歌集』の撰者の一人であり、のちに『新勅撰和歌集』を撰進した。
場面は雪の降る夕暮れ、場所は紀伊国の佐野の渡りである。
直接の契機は百首歌の詠進である。詞書には、どの催しでの百首であるかは記されていない。
本歌は『万葉集』巻第三の長奥麻呂の歌「苦しくも降り来る雨か三輪の崎佐野の渡りに家もあらなくに」である。
初句「駒とめて」は、馬をとめて、の意である。
二句「袖うち払ふ」は、袖に降りかかった雪を払い落とす、の意で、「うち」は語調を整える接頭語である。
三句「陰もなし」は、雪を避けて袖を払うための物陰もない、の意で、ここで切れる三句切れである。
四句「佐野の渡りの」は紀伊国の歌枕で、今の和歌山県新宮市のあたりにあった渡し場をいい、本歌の四句をそのまま取った語である。
結句「雪の夕暮」は体言止めである。本歌の降る雨を降る雪に替え、「家もあらなくに」という嘆きを「陰もなし」と言い換えて、雪の夕暮れの広い渡し場に立ち尽くす旅人の姿を、一枚の絵のように描いている。本巻の第六百六十三首と同じ結句であり、そこでは深山の里で人を待つ側が、ここでは雪の中を行く旅人の側が詠まれ、待つ者と行く者とが対になっている。
こま:馬
わたり:川などの渡し場
- 作者
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藤原定家
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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