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草も木も降りまがへたる雪もよに
春待つ梅の花の香ぞする

歌の意味
草も木も見分けがつかないほどに降りしきる雪の中で、春を待つ梅の花の香りがすることだ。
鑑賞
巻第六 冬歌 684

詞書「千五百番歌合に」
 雪を詠む一連の二十八首目で、この一連の終わりの歌である。草も木も見分けがつかないほど雪の降りしきる中に、春を待つ梅の花の香りがすると詠む。詞書によれば、千五百番歌合で詠まれた歌である。
 作者は内大臣源通親の子で、『新古今和歌集』の撰者の一人である。
 場面は雪の降りしきる冬の終わり近く、場所は梅の木のある所である。
 直接の契機は、後鳥羽院が催した千五百番歌合での詠である。

 初句「草も木も」は、草も木も、の意である。
 二句「降りまがへたる」は、降って見分けがつかなくしている、の意で、「たる」は存続の助動詞「たり」の連体形である。
 三句「雪もよに」は、雪の降りしきる中に、の意で、「もよ」は、…の最中、の意を表す。
 四句「春待つ梅の」は、春を待って咲こうとする梅の、の意である。
 結句「花の香ぞする」は、係助詞「ぞ」を受けて動詞「す」の連体形「する」で結ぶ係り結びで、花の香りがする、の意となる。雪に紛れて梅の花の姿は見えないが、香りによってその存在を知るという構成である。前歌が花も紅葉もない枝を嘆いて松の雪を惜しんだのに対し、この歌は雪の中に春を待つ梅の香を見いだしており、冬の中にきざす春への期待によって雪の一連を結んでいる。

ふりまがふ:降って物の見分けがつかなくする
ゆきもよ:雪の降りしきる最中
作者
源通具
出典
新古今和歌集
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