- 歌の意味
-
日数を経て降り続く雪模様に、いっそう盛んに立ちのぼる炭竈の煙も、寒々しく見える大原の里よ。
- 鑑賞
-
巻第六 冬歌 690
詞書「百首歌奉りしに」
埋み火と炭竈を詠む一連の二首目で、この一連の終わりの歌である。日を重ねて降り続く雪模様にいっそう盛んに立つ炭竈の煙も、大原の里では寒々しいと詠む。詞書によれば、百首歌を奉った折の歌である。
作者は後白河天皇の皇女で、賀茂斎院を務め、藤原俊成に和歌を学んだ。
場面は雪の降り続く冬、場所は山城国の大原の里である。
直接の契機は百首歌の詠進である。詞書には、どの催しでの百首であるかは記されていない。
初句「日数ふる」の「ふる」には、日数を「経る」意と、雪の「降る」意が掛けられている。
二句「雪気にまさる」は、雪模様につれていっそう盛んになる、の意である。「雪気」は、雪の降りそうな空模様、また雪の降るけはいをいう。
三句「炭竈の」は、木を焼いて炭を作る竈の、の意である。
四句「煙も寒し」は、煙までも寒々しい、の意で、ここで切れる四句切れである。本来は暖かさを思わせる炭焼きの煙さえ寒く見えるという逆説によって、冬の厳しさを示す。
結句「大原の里」は体言止めで、山城国の大原の里をいう。今の京都市左京区大原のあたりで、炭焼きの里として知られた。前歌の炉の埋み火から、炭を焼く炭竈の煙へと、冬の火の景が移っている。本巻の第六百七十四首では雪によって塩竈の浦の煙が絶えたが、この歌では雪によって炭竈の煙がかえってまさっており、雪と煙との関係が反転した構図になっている。
ふる:日数を経る意と、雪が降る意を掛ける
ゆきげ:雪の降りそうな空模様、雪のけはい
すみがま:木を焼いて炭を作る竈
- 作者
-
式子内親王
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-