かへりては身に添ふものと知りながら
暮れゆく年をなに慕ふらん
- 歌の意味
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暮れてゆく年は、去るどころかかえって年齢として身に積もり添うものと知りながら、どうしてその暮れてゆく年を慕うのだろうか。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 692
詞書「年の暮によみ侍りける」
歳暮を詠む一連の二首目である。暮れてゆく年はかえって年齢として身に添うものと知りながら、どうしてその年を慕うのだろうかと詠む。詞書によれば、年の暮れに詠んだ歌である。
作者は源顕仲の娘で、待賢門院堀河の妹にあたり、鳥羽天皇の皇女上西門院統子内親王に仕えた女房である。実名は伝わらない。
場面は年の暮れ、場所は明示されていない。
直接の契機は、年の暮れに当たっての詠である。
初句「かへりては」は、かえって、逆に、の意である。去ってゆくはずの年が、逆に身に残ることをいう。
二句「身に添ふものと」は、我が身に付き添うものであると、の意である。暮れてゆく年が、自分の年齢として身に加わることをいう。
三句「知りながら」は、知っていながら、の意である。
四句「暮れゆく年を」は、暮れてゆく年を、の意である。
結句「なに慕ふらん」は、どうして慕うのだろうか、の意で、「らん」は原因を推し量る現在推量の助動詞である。年が暮れれば老いが身に添うのだから、年の暮れを惜しむ理由などないはずなのに、それでも去りゆく年を慕ってしまうという心の矛盾を、理屈によって浮かび上がらせている。前歌の年の暮れに人を慕う心に続き、この歌は去りゆく年そのものを慕う心を詠んでいる。
したふ:恋しく思う、名残を惜しむ
- 作者
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上西門院兵衛
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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