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思ひやれ八十路の年の暮なれば
いかばかりかはものは悲しき

歌の意味
思いやってください。八十歳の年の暮れであるから、どれほど物悲しいことか。
鑑賞
巻第六 冬歌 696

詞書「百首歌奉りし時」
 歳暮を詠む一連の六首目である。八十歳の年の暮れであるから、どれほど物悲しいか思いやってほしいと詠む。詞書によれば、百首歌を奉った時の歌である。
 作者は石清水八幡宮の別当紀光清の娘で、宮廷に女房として仕え、「待宵の小侍従」と呼ばれた。
 場面は作者が八十歳を迎えた年の暮れ、場所は明示されていない。
 直接の契機は百首歌の詠進である。詞書には、どの催しでの百首であるかは記されていない。

 初句「思ひやれ」は、思いやってください、の意で、命令形によって読み手に呼びかける。ここで切れる初句切れである。
 二句「八十路の年の」は、八十歳の年の、の意である。
 三句「暮なれば」は、暮れであるから、の意で、「ば」は已然形に付く確定条件である。年の暮れと人生の暮れとを重ねている。
 四句「いかばかりかは」は、どれほどであろうか、の意で、「かは」は強い疑問を表す。
 結句「ものは悲しき」は、物悲しいことか、の意で、形容詞「悲し」の連体形で結ぶ。八十歳という高齢で迎える年の暮れは、一年の終わりであるとともに生涯の終わりの近いことを思わせ、その悲しみの深さを相手に思いやるよう率直に訴えている。前歌の露の命を嘆く年の暮れに続き、老いの極みの年の暮れを詠んでいる。本巻の第五百五十二首、第五百六十四首の「物ぞ悲しき」と同じく、「悲しき」の語で結ばれている。

やそぢ:八十歳
作者
小侍従
出典
新古今和歌集
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