数ふれば年の残りもなかりけり
老いぬるばかり悲しきはなし
- 歌の意味
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数えてみると、今年の残りの日数ももうなくなってしまった。年老いてしまうことほど悲しいものはない。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 702
詞書「年の暮に身の老いぬることを嘆きてよみ侍りける」
歳暮を詠む一連の十二首目である。数えてみると年の残りもなくなってしまい、老いてしまうことほど悲しいものはないと嘆く。詞書によれば、年の暮れに我が身の老いたことを嘆いて詠んだ歌である。
作者は越前守大江雅致の娘で、和泉守橘道貞の妻となったことから和泉式部と呼ばれ、のちに中宮彰子に仕えた。
場面は年の暮れ、場所は明示されていない。
直接の契機は、年の暮れに当たり、我が身の老いを嘆いたことである。
初句「数ふれば」は、指を折って数えてみると、の意で、「ば」は已然形に付く確定条件である。
二句「年の残りも」は、今年の残りの日数も、の意である。
三句「なかりけり」は、なくなってしまったことだ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。ここで切れる三句切れである。
四句「老いぬるばかり」は、年老いてしまうことほど、の意で、「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形、「ばかり」は程度を表す副助詞である。
結句「悲しきはなし」は、悲しいものはない、の意である。一年の残りのなくなったことを数えて知る気づきから、年が改まるごとに身に加わる老いへと思いを移し、老いの悲しみをまっすぐに言い切っている。詞書の「身の老いぬることを嘆きて」をそのまま一首にした歌で、前歌が昔と今の心の違いに老いを見たのに続き、老いそのものの悲しみを率直に詠んでいる。
かぞふ:数える
おゆ:年を取る
- 作者
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和泉式部
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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