- 歌の意味
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岩の上を激しく流れる初瀬川のほとりに、波の音を枕にして旅寝をしているうちに、その流れのように早くも年が暮れてしまったことよ。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 703
詞書「入道前関白、百首歌よませ侍りける時、年の暮の心をよみて遣はしける」
歳暮を詠む一連の十三首目である。岩を走る初瀬川の流れの速さのように、早くも年が暮れてしまったと詠む。詞書によれば、九条兼実が人々に百首歌を詠ませた折に、年の暮れの心を詠んで送った歌である。
作者は右大臣藤原公能の子で、左大臣に至った。徳大寺左大臣と呼ばれた祖父藤原実能に対して、後徳大寺左大臣と呼ばれた。
場面は年の暮れ、場所は大和国の初瀬川のほとりである。
直接の契機は、九条兼実が人々に詠ませた百首歌に、年の暮れの心を詠んで送ったことである。「入道前関白」は、のちに関白となり出家した兼実を指す呼称である。
初句「石走る」は、岩の上を激しく流れる、の意である。
二句「初瀬の川の」は、大和国の初瀬を流れる初瀬川の、の意である。初瀬には長谷寺があり、参詣の人の旅路として詠まれてきた。
三句「波枕」は、波の音を枕元に聞いて寝る旅寝をいう。初瀬詣での道中の旅寝を思わせる語である。
四句「早くも年の」は、早くも年が、の意である。上の句の激しく流れる初瀬川の景が、この「早く」を導く序詞として働いている。
結句「暮れにけるかな」は、暮れてしまったことだ、の意で、「に」は完了、「ける」は詠嘆の助動詞「けり」の連体形、「かな」は詠嘆の終助詞である。岩を走る川の流れの速さと、月日の過ぎる速さとを重ね、気づけば年の暮れを迎えていた驚きを詠んでいる。本巻の第六百九十四首が「隙行く駒」によって月日の速さを詠んだのと同じく、時の速さを流れる景物に託しており、前歌の老いの嘆きから、流れ去る時そのものへと目を移している。
いしばしる:岩の上を激しく流れる
なみまくら:波の音を枕元に聞く旅寝
- 作者
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藤原実定
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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