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若菜生ふる野辺といふ野辺を君がため
万代標めて摘まんとぞ思ふ

歌の意味
若菜の生える野辺という野辺を、君のために、万代にわたって標を結って自分のものとし、若菜を摘もうと思う。
鑑賞
巻第七 賀歌 711

詞書「享子院の六十御賀屏風に若菜摘めるところをよみ侍りける」
 若菜摘みを描いた屏風絵に寄せる歌である。若菜の生える野辺をすべて君のために万代にわたって標を結い、摘もうと詠む。詞書によれば、享子院の六十の御賀の屏風に描かれた、若菜を摘む場面を詠んだ歌である。
 作者名は記されていないが、前歌に続き紀貫之の歌である。
 場面は正月の若菜摘みのころ、場所は屏風絵に描かれた野辺である。
 直接の契機は、享子院の六十の御賀に際して調えられた屏風に添える歌である。
 詞書の「享子院」は通常「亭子院」と表記され、宇多法皇の御所で、法皇その人を指す呼称としても用いられた。ここでは本文の表記に従う。若菜摘みは、正月に野に出て若菜を摘み、これを食して長寿と無病を願う習俗である。

 初句「若菜生ふる」は、若菜の生える、の意で、六音の字余りである。正月に摘む若菜が生える野を示す。
 二句「野辺といふ野辺を」は、野辺という野辺をすべて、の意で、八音の字余りである。同じ語を重ねて、あらゆる野辺を占めようとする大きさを示す。
 三句「君がため」は、君のために、の意である。若菜摘みが、祝う相手のためのものとして定まる。
 四句「万代標めて」の「標む」は、標を結って自分の領分とすることである。本巻の第七百九首でも子の日の野辺に「標めつる」と詠まれ、野辺に標を結う趣向が重なる。ここでは標を結う期間が万代に及ぶ。
 結句「摘まんとぞ思ふ」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「思ふ」で結ぶ係り結びである。若菜摘みという一時の行事を万代の祝意へと広げ、屏風絵の場面を長寿の祈りとして詠み上げている。

わかな:春の初めに生える食用の若草
おふ:草木が生える
しむ:標を結って自分の領分と定める
作者
紀貫之
出典
新古今和歌集
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