古典和歌stream

祈りつつなほながつきの菊の花
いづれの秋か植ゑて見ざらん

歌の意味
祈りながら、なお長くと願う長月の菊の花を、いったいどの秋に植えて見ないことがあろうか。どの秋にも植えて見るのだ。
鑑賞
巻第七 賀歌 718

詞書「延喜御時屏風歌」
 菊を詠む一連の二首目である。祈りながらなお長くと願う長月の菊を、植えて見ない秋などないと詠む。詞書によれば、延喜の御代の屏風に添えた歌である。
 作者は『古今和歌集』の撰者の一人である。
 場面は九月の菊の咲くころ、場所は屏風絵に描かれた菊の咲く景である。
 直接の契機は、延喜の御代に調えられた屏風に添える歌である。
 九月九日の重陽の節句には、菊の花を浮かべた酒を飲み、菊に置いた露を綿に移して身をぬぐうなどして、長寿を願った。

 初句「祈りつつ」は、祈りながら、の意で、「つつ」は動作の継続を表す。何を祈るかは、二句の「なほなが」によって長寿であることが示される。
 二句「なほながつきの」の「なが」は、なお長くと願う「長」と、九月をいう「長月」を掛けた掛詞である。祈りの内容と季節が一語で結ばれる。
 三句「菊の花」は長月の景物で、長寿をもたらす花として重んじられた。前歌の菊水の故事に続き、菊が長寿のしるしとして詠まれる。
 四句「いづれの秋か」の「か」は反語の係助詞で、どの秋に〜しようか、の意である。一年の秋を、年々巡る秋へと広げる。
 結句「植ゑて見ざらん」は、植えて見ないことがあろうか、の意で、推量の「ん」の連体形で結ぶ。どの秋にも菊を植えて見るという反語によって、長寿の祈りが毎年繰り返されることを示す。

ながつき:陰暦九月。ここでは「なほ長く」の「長」を掛ける
ちようやう:九月九日の節句。菊の節句
作者
紀貫之
出典
新古今和歌集
その他の歌