- 歌の意味
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君の御代の千年という年の数も、隠れることなく、曇りのない空の光の中にはっきりと見ることだ。
- 鑑賞
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巻第七 賀歌 724
詞書「堀河院の大嘗会御禊、日ごろ雨降りて、その日になりて空晴れて侍りければ、紀伊典侍に申しける」
澄んだ水や空の光に寄せて御代を祝う一連の三首目である。君が代の千年の数も、隠れることなく曇らない空の光に見えると詠む。詞書によれば、堀河院の大嘗会の御禊の日、それまで雨が続いていたのに当日になって空が晴れたので、紀伊典侍に贈った歌である。
作者は源顕房で、源師房の子である。右大臣に至り、娘の賢子が白河天皇の中宮となって堀河天皇を産んだため、堀河天皇の外祖父にあたる。
場面は堀河院の大嘗会の御禊の日、場所は晴れわたった空の下の御禊の場である。
直接の契機は、雨続きののちに御禊の当日が晴れたことである。
大嘗会は、天皇が即位後に初めて行う新嘗祭で、それに先立って天皇が川原に出て身を清める御禊が行われる。「紀伊典侍」は紀伊と呼ばれた典侍で、典侍は内侍司の次官にあたる女官である。
初句「君が代の」は、君の御代の、の意である。ここでは大嘗会を迎える堀河院の治世を祝う語となる。
二句「千歳の数も」は、千年という年の数も、の意である。次歌の第七百二十五首にも「君が千歳の数」とあり、御代の年数を数として示す趣向が共通する。
三句「隠れなく」は、隠れることなく、の意である。雨雲に隠れていた空が晴れたことに、御代の年数がはっきり見える意を重ねる。
四句「曇らぬ空の」は、曇りのない空の、の意である。本巻の第七百二十二首の「曇りなく」と響き合い、晴れた空に澄明な治世を見る。
結句「光にぞ見る」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「見る」で結ぶ係り結びである。前歌が池の底の光を詠んだのに対し、この歌は空の光を詠み、水から天へと光の場が移る。御禊の日の晴天を、御代の長久のしるしとして祝っている。
だいじやうゑ:天皇が即位後に初めて行う新嘗祭
ごけい:大嘗会に先立ち、天皇が川原に出て行う禊
ないしのすけ:内侍司の次官にあたる女官。典侍
- 作者
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源顕房
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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