子の日する御垣の内の小松原
千代をばほかのものとやは見る
- 歌の意味
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子の日の遊びをする宮中の垣の内の小松原よ。千代をどうしてよそのものと見ようか。千代はここにこそある。
- 鑑賞
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巻第七 賀歌 728
詞書「永保四年内裏子日に」
小松を詠む一連の二首目である。子の日の遊びをする宮中の小松原を前にして、千代をどうしてよそのものと見ようかと詠む。詞書によれば、永保四年の内裏での子の日の催しで詠まれた。
作者は源道方の子で、大納言に至り、桂大納言と呼ばれた。
場面は永保四年正月の子の日、場所は内裏の御垣の内である。
直接の契機は、永保四年(1084)、白河天皇の内裏で行われた子の日の催しである。
子の日の遊びは、正月最初の子の日に野に出て小松を引き、若菜を摘んで長寿を祝う行事である。
初句「子の日する」は、子の日の遊びをする、の意である。次歌の第七百二十九首も同じ初句で始まり、同じ催しの二首が並ぶ。
二句「御垣の内の」は、宮中を囲む垣の内の、の意である。野辺で行う子の日の遊びが、ここでは内裏の中で行われる。
三句「小松原」は、小松の生える原である。前歌の第七百二十七首と同じ三句で、小塩山の小松原から宮中の小松原へと場が移る。
四句「千代をばほかの」は、千代をよその、の意で、「をば」は目的語を強く示す。
結句「ものとやは見る」の「やは」は反語で、よそのものと見ようか、いや見はしない、の意である。千代はほかならぬこの宮中の小松原にあるとし、野辺の行事を御垣の内の御代の長久へと引き寄せる。
みかき:宮中を囲む垣
- 作者
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源経信
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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