- 歌の意味
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露や霜に濡れては乾く玉串の葉に、天に照り輝く日の光が注いで、幾代を経てきたのだろう。
- 鑑賞
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巻第七 賀歌 737
詞書「千五百番歌合に」
神代や天に寄せて御代を祝う一連の二首目である。露霜に濡れては乾く玉串の葉に、天照る日の光は幾代を経てきたのだろうと詠む。詞書によれば、千五百番歌合での歌である。
作者名は記されていないが、前歌に続き藤原良経の歌である。
場面は露霜の置く季節、場所は玉串を供える神前である。
直接の契機は、後鳥羽院が催した千五百番歌合への出詠である。
千五百番歌合は、建仁元年(1201)ごろ、後鳥羽院が三十人の歌人に百首ずつ詠ませ、それを番えた歌合である。玉串は、榊の枝に木綿などを付けて神に捧げるものである。
初句「濡れて干す」は、濡れては乾く、の意である。『古今和歌集』の素性法師の歌「濡れて干す山路の菊の露の間に」と同じ初句で、本巻の第七百十九首がこの素性歌と同じ趣向をとっていた。
二句「玉串の葉の」は、神に捧げる玉串の葉の、の意である。神事の場が示される。
三句「露霜に」は、露や霜に、の意である。濡れては乾く繰り返しが、長い年月の積み重なりを表す。
四句「天照る光」は、天に照り輝く日の光である。天照大神を思わせる語で、神の光が玉串の葉に注ぐ。
結句「幾代経ぬらん」は、幾代を経たのだろう、の意で、完了の「ぬ」と推量の「らん」を合わせる。露霜に濡れ乾く一度一度の繰り返しを幾代の歳月へと広げ、神の光の久しさに御代の長さを重ねる。前歌の「神代より」を受け、神の時から続く時間を詠む。
たまぐし:榊の枝に木綿などを付けて神に捧げるもの
つゆしも:露と霜
あまてる:天に照り輝く
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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