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高砂の松も昔になりぬべし
なほ行く末は秋の夜の月

歌の意味
長寿の高砂の松も、やがては昔のものとなってしまうだろう。それでもなお行く末まで友であるのは、秋の夜の月である。
鑑賞
巻第七 賀歌 740

詞書「八月十五夜和歌所歌合に月多秋友といふことをよみ侍りし」
 歌枕の松に寄せて祝う一連の二首目である。長寿の高砂の松もやがては昔のものとなるだろうが、なお行く末までの友は秋の夜の月であると詠む。詞書によれば、八月十五夜の和歌所の歌合で「月多秋友」を題として詠まれた。
 作者は俗名を藤原定長といい、藤原俊成の甥で、その養子となった。『新古今和歌集』の撰者に任じられたが、完成を待たずに没した。
 場面は八月十五夜の月の夜、場所は高砂の松の立つ浜辺を思い描いた題詠の景である。
 直接の契機は、建仁元年(1201)八月十五夜に和歌所で催された歌合での「月多秋友」の題による詠である。
 本歌は『古今和歌集』の藤原興風の歌「誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」である。高砂は播磨国の歌枕で、松の名所として詠まれた。

 初句「高砂の」は、播磨国の歌枕である高砂の、の意である。松の名所として長寿の松を導く。
 二句「松も昔に」は、長寿の高砂の松さえも昔のものに、の意である。本歌で興風が「高砂の松も昔の友ならなくに」と詠んだ語を受ける。
 三句「なりぬべし」は、きっとなってしまうだろう、の意で、ここで意味が切れる三句切れである。千年を保つとされる松でさえ、やがては昔のものとなるとして、長寿の松の限りを言う。
 四句「なほ行く末は」は、それでもなお行く末までは、の意である。松の齢を越える長い未来へと目を移す。
 結句「秋の夜の月」は体言止めである。題の「月多秋友」を受け、幾秋を経ても変わらずに友となるのは月であるとする。前歌の第七百三十九首で齢を譲れと呼びかけた松に対し、この歌は松をも越える長久として月を置き、祝意を一段と進める。

たかさご:播磨国の歌枕。松の名所
ゆくすゑ:将来。行く先
作者
寂蓮
出典
新古今和歌集
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