- 歌の意味
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都の南にある春日山は、そのように思っている。北の藤の花房が、春にめぐりあえ、と。
- 鑑賞
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巻第七 賀歌 746
詞書「家に歌合し侍りけるに春の祝の心をよみ侍りける」
藤原氏の繁栄を祝う歌である。都の南にある春日山もそのように思っている、北の藤波が春にめぐりあうようにと詠む。詞書によれば、自邸で歌合を催した折に「春の祝」の心を詠んだ歌である。
作者は藤原良経で、九条兼実の子である。摂政太政大臣に至り、『新古今和歌集』の仮名序を書いた。
場面は春、場所は南に春日山を思い描く都である。
直接の契機は、良経の家で催された歌合での「春の祝」の題による詠である。
春日山は大和国の山で、麓に藤原氏の氏神である春日大社があり、鹿は春日の神の使いとされる。本歌は『古今和歌集』の喜撰法師の歌「わが庵は都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり」で、「しかぞ」の語を用いる。
初句「春日山」は、藤原氏の氏神を祀る春日大社の背後の山である。藤原氏の守り神の山を初めに置く。
二句「都の南」は、都の南にある、の意である。本歌の「都のたつみ」を受け、方角をいう形を踏まえる。
三句「しかぞ思ふ」の「しか」は、そのように、の意の「然か」に、春日の神の使いである「鹿」を掛けた掛詞である。「ぞ」は強意の係助詞で連体形「思ふ」で結び、ここで意味が切れる三句切れとなる。
四句「北の藤波」は、北に咲く藤の花房の意で、藤原氏の北家を指す。二句の「南」と対をなし、南の春日山が北の藤を思うという方角の対比を作る。
結句「春にあへとは」は、春にめぐりあえ、とは、の意で、三句の「しか」の内容を後に示す倒置である。藤原北家の繁栄を春にたとえ、氏神が一門の春を願うとして祝う。作者の良経は北家の出で、一門の栄えを家の歌合で寿いでいる。
しか:然か(そのように)の意と、鹿を掛ける
ふぢなみ:藤の花房が風に揺れるさまを波にたとえた語
うぢがみ:一族の守り神
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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