曇りなき鏡の山の月を見て
明らけき代を空に知るかな
- 歌の意味
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曇りのない鏡山の月を見て、明るく治まる御代であることを、空の月によって知ることだ。
- 鑑賞
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巻第七 賀歌 751
詞書「久寿二年大嘗会悠紀屏風に近江国鏡山をよめる」
大嘗会の歌の一連の五首目である。曇りのない鏡山の月を見て、明らかに治まる御代を空の月によって知ると詠む。詞書によれば、久寿二年の大嘗会で悠紀の国となった近江国の鏡山を、屏風に添えて詠んだ歌である。
作者は文章博士を務め、宮内卿に至った。
場面は久寿二年の大嘗会、月の照る夜、場所は屏風絵に描かれた近江国の鏡山である。
直接の契機は、久寿二年(1155)、後白河天皇の大嘗会で悠紀の国に定められた近江国の地名を、屏風に添える歌として詠んだことである。
鏡山は近江国の歌枕で、今の滋賀県の竜王町と野洲市の境にある山である。
初句「曇りなき」は、曇りのない、の意である。次の「鏡」と縁語をなし、本巻の第七百二十二首の「曇りなく」、第七百二十四首の「曇らぬ空」と同じく、澄明な景に治世を見る。
二句「鏡の山の」は、悠紀の国の地名である鏡山の、の意である。地名の「鏡」が、曇りのない月を映すものとして働く。
三句「月を見て」は、鏡山にかかる月を見て、の意である。
四句「明らけき代を」は、明るく治まる御代を、の意である。「明らけし」は、鏡や月の明るさと、世の治まりの両方をいう語である。
結句「空に知るかな」は、空の月によって知ることだ、の意で、詠嘆の「かな」で結ぶ。曇りなき、鏡、月、明らけき、空と、光にかかわる語を連ねて、地名の鏡山を治世の明るさへと結び付ける。
かがみやま:近江国の歌枕。今の滋賀県竜王町と野洲市の境にある山
- 作者
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藤原永範
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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