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大江山越えていくのの末遠み
道ある世にもあひにけるかな

歌の意味
大江山を越えて行く生野の道は、行く末が遠く続くので、その道のように、正しい道の行われる世にもめぐりあったことだなあ。
鑑賞
巻第七 賀歌 752

詞書「平治元年大嘗会主基方辰日参入音声生野をよめる」
 大嘗会の歌の一連の六首目である。大江山を越えて行く生野の道は遠く続き、正しい道の行われる世にめぐりあったと詠む。詞書によれば、平治元年の大嘗会で主基の国の辰の日の参入音声の歌として、生野を詠んだ歌である。
 作者は刑部卿を務め、歌学書『和歌童蒙抄』を著した。
 場面は平治元年の大嘗会、場所は丹波国の生野へ向かう道である。
 直接の契機は、平治元年(1159)、二条天皇の大嘗会で主基の国に定められた丹波国の地名を詠んだことである。
 辰の日は大嘗会の節会の行われる日で、参入音声は楽人が参入する際に奏される楽である。生野は丹波国の歌枕で、今の京都府福知山市のあたりにある。先例に『金葉和歌集』の小式部内侍の歌「大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立」がある。

 初句「大江山」は、都から丹波国へ向かう途中の山である。小式部内侍の歌と同じ初句で、丹波への道を示す。
 二句「越えていくのの」の「いくの」は、地名の「生野」と、越えて「行く」野の意を掛けた掛詞である。小式部内侍の歌の「いく野」と同じ掛詞を用いる。
 三句「末遠み」は、行く先が遠いので、の意で、「み」は原因や理由を表す。遠く続く道が、四句の「道ある世」を導く。
 四句「道ある世にも」は、正しい道の行われる世にも、の意である。生野への道から、政道の正しい世へと「道」の意を移す。次歌の第七百五十三首も「道ある御代」と詠み、二首が同じ語で並ぶ。
 結句「あひにけるかな」は、めぐりあったことだなあ、の意で、「にけり」に詠嘆の「かな」を添える。遠い道のりを越えて行くことに、正しい道の世にめぐりあう喜びを重ね、主基の国の地名を御代の祝いへと転じている。

いくの:地名の生野と、行く野の意を掛ける
さんにふおんじやう:大嘗会などで楽人が参入する際に奏される楽
作者
藤原範兼
出典
新古今和歌集
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