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末の露本の雫や世の中の
後れ先立つためしなるらん

歌の意味
葉末に置く露と根元に落ちる雫は、遅い早いの違いはあっても消えてゆく。それは世の中で、人に後れて残る者と先立ってゆく者とがあることの、ためしなのであろうか。
鑑賞
巻第八 哀傷歌 757

詞書「題しらず」
 無常を詠む一連の一首目であり、巻第八哀傷歌の巻頭歌である。葉末の露と根元の雫を、人が後に残り、あるいは先に死んでゆくことのためしと見る。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者は俗名を良岑宗貞といい、桓武天皇の孫にあたる。仁明天皇に仕えて蔵人頭となったが、天皇の崩御を機に出家し、のち僧正に至った。六歌仙、三十六歌仙の一人である。
 場面は時期を定めない無常の観想、場所は露の置く草木のもとである。
 直接の契機は伝わらない。
 家集『遍昭集』に見え、『和漢朗詠集』の「無常」にも採られている。『新古今和歌集』の仮名序にも「末の露もとの雫によそへて、人の世をさとり」と、この歌を踏まえた一節がある。

 初句「末の露」は、草木の葉末に置く露である。露は、はかなく消えるものの代表として古くから詠まれてきた。
 二句「本の雫や」の「本の雫」は、根元に落ちる雫である。「末」と「本」が対をなし、消える時に遅い早いのある二つのものを並べる。「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」で結ばれる。
 三句「世の中の」で、草木の景から人の世へと目が移る。上の二句の自然の姿が、ここから人の生死のたとえとなる。
 四句「後れ先立つ」は、人に死なれて後に残ることと、人より先に死ぬことである。露と雫の遅速を、人の生死の前後に重ねている。
 結句「ためしなるらん」の「ためし」は例、「らん」は推量で、二句の「や」を受けて、例なのであろうか、と結ぶ。一本の草木に見る小さな遅速に世の人の生死の前後を見る歌であり、個々の死を悼む歌に先立って、死別そのものの理を巻頭に示している。次歌の第七百五十八首も題しらずで、ここで広く見た人の死を、わが身一つの最期として受ける。

すゑ:草木の葉の先
もと:草木の根元
おくる:人に死なれて後に残る
さきだつ:人より先に死ぬ
ためし:先例、例
作者
遍昭
出典
新古今和歌集
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