あはれなり我が身の果てや浅緑
つひには野辺の霞と思へば
- 歌の意味
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哀れなことだ、わが身の最期は。ついには、薄緑にたなびく野辺の霞となってしまうのだと思うと。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 758
詞書は前の歌に続き「題しらず」
無常を詠む一連の二首目である。わが身の最期は、ついには薄緑にたなびく野辺の霞となるのだと思うと哀れであると詠む。詞書は前歌に続いて題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は平安時代前期の歌人で、六歌仙、三十六歌仙の一人である。
場面は霞のたなびく春、場所は野辺である。
直接の契機は伝わらない。
家集『小町集』に見える。
初句「あはれなり」と、まず嘆きを言い切る初句切れである。何が哀れなのかは後の句で示される。
二句「我が身の果てや」の「果て」は命の終わりである。「や」は詠嘆で、嘆きの向かう先を自分の最期に定める。
三句「浅緑」は、霞の薄い緑の色をいう。四句と結句の「野辺の霞」にかかり、春の野の淡い色を添える。
四句「つひには野辺の」の「つひには」は、最後には、の意である。「野辺」は、火葬の地としての野を思わせる語である。
結句「霞と思へば」は、火葬の煙が春の霞にまぎれてたなびくさまを、わが身が霞になると言いとったものである。「思へば」は已然形に「ば」が付いて理由を示し、初句の「あはれなり」へ返る倒置の構成となっている。前歌が露と雫で人の死の前後を広く見たのに対し、本歌はわが身一つの果てに目を向ける。本巻の第七百六十六首、第七百六十七首でも、霞は死者を送る煙と重ねて詠まれる。
はて:命の終わり、最期
のべ:野原、ここでは火葬の地としての野
- 作者
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小野小町
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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