墨染のころも憂き世の花盛り
折忘れても折りてけるかな
- 歌の意味
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墨染の衣を着ている喪の頃も、このつらい世は花の盛りである。喪中という時節を忘れて、花の枝を折ってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 760
詞書「正暦二年諒闇の春、桜の枝に付けて道信朝臣に遣はしける」
春の死別を詠む一連の二首目で、贈答の贈歌である。喪服を着る頃であるのに、つらい世の花盛りに、時節を忘れて花の枝を折ってしまったと詠む。詞書によれば、正暦二年の諒闇の春に、桜の枝に付けて道信朝臣に贈った歌である。
作者は左大臣藤原師尹の孫で、侍従藤原定時の子である。近衛中将などを経て陸奥守となり、任地で没した。中古三十六歌仙の一人である。「道信朝臣」は藤原道信で、作者と親しく交わった。
場面は正暦二年(991)の桜の盛りの春、場所は都である。
直接の契機は、諒闇の春に桜の枝を折り、道信朝臣に贈ったことである。
正暦二年二月に円融院が崩御し、子の一条天皇が父院の喪に服した。諒闇はこのように天皇が父母の喪に服する期間で、人々も喪服を着た。
道信朝臣は、次歌の第七百六十一首で返しをしている。
初句「墨染の」は、墨で染めたような黒い色で、喪服の色をいう。二句の「ころも」にかかる。
二句「ころも憂き世の」の「ころも」は、墨染の「衣」の意と、時節をいう「頃も」の意を掛ける掛詞である。喪服を着る頃もつらいこの世の、と続く。
三句「花盛り」は体言で区切れ、喪服の暗い色と花の盛りの明るさが対比される。
四句「折忘れても」の「折」は時節である。喪中という時節を忘れて、の意である。
結句「折りてけるかな」の「折り」は枝を折る意で、四句の「折」と同じ音を別の意で重ねている。「てけり」は完了と詠嘆、「かな」は詠嘆である。喪中にも心ひかれる花の美しさと、つい枝を折ってしまった自分への感慨が示される。次歌の道信の返しは、この「花」を受けて答えている。
りやうあん:天皇が父母の喪に服する期間
すみぞめ:墨で染めたような黒い色、喪服の色
ころも:衣の意と、頃もの意を掛ける
をり:時節、ころ
- 作者
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藤原実方
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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