花桜まだ盛りにて散りにけん
なげきのもとを思ひこそやれ
- 歌の意味
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桜の花がまだ盛りのうちに散ってしまったのであろう。その嘆きの木のもとにいるあなたを、遠くから思いやることだ。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 762
詞書「弥生のころ、人に後れて嘆きける人のもとへ遣はしける」
春の死別を詠む一連の四首目である。桜がまだ盛りのうちに散ってしまったような嘆きのもとにいる人を思いやると詠む。詞書によれば、三月のころ、人に先立たれて嘆いている人のもとへ贈った歌である。
作者は平安時代の天台宗の僧で、延久四年(1072)に宋に渡り、かの地で没した。渡宋の旅の記録『参天台五台山記』を著した。
場面は三月の桜のころ、場所は記されていない。
直接の契機は、人に先立たれて嘆いている人を見舞ったことである。
初句「花桜」は桜の花である。盛りの花に、亡くなった人を重ねている。
二句「まだ盛りにて」は、まだ盛りのうちに、の意である。亡くなった人が年若かったことを思わせる。
三句「散りにけん」の「けん」は過去推量で、散ってしまったのであろう、の意である。「散る」は人の死を花にたとえた語で、ここで三句切れとなる。
四句「なげきのもとを」の「なげき」は、嘆きの意に「木」を含み、桜の木を思わせる掛詞である。「もと」は木の根元の意と、嘆く人のいる所の意を重ねる。花の散った木の根元に嘆く人がいるという構図が、この句に収められている。
結句「思ひこそやれ」は、「思ひやる」の間に強意の係助詞「こそ」が入り、已然形の「やれ」で結ぶ。遠くから相手の心を推し量る気持ちが強められる。前歌までが故院を悼む心を花に託したのに対し、ここでは盛りの花の散ることを若い死に重ねている。次歌の第七百六十三首も、植えた人の亡い家の桜を詠む。
なげき:嘆きの意と、木の意を掛ける
もと:木の根元の意と、人のいる所の意を掛ける
おもひやる:遠くにいる人の心を推し量る
おくる:人に死なれて後に残る
- 作者
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成尋
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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