桜散る春の末にはなりにけり
雨間も知らぬながめせし間に
- 歌の意味
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桜の散る春の終わりになってしまったことだ。晴れ間もなく降り続く長雨のなかで、物思いにふけっているうちに。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 759
詞書「醍醐の帝隠れ給ひて後、弥生のつごもりに、三条右大臣に遣はしける」
春の死別を詠む一連の一首目である。晴れ間もない長雨のなかで物思いにふけっているうちに、桜の散る春の末になってしまったと詠む。詞書によれば、醍醐天皇が亡くなった後の三月の末日に、三条右大臣に贈った歌である。
作者は右近中将藤原利基の子で、中納言に至り、賀茂川の堤に邸があったことから堤中納言と呼ばれた。三十六歌仙の一人で、紫式部の曽祖父にあたる。「三条右大臣」は藤原定方で、作者の従兄弟にあたる。
場面は延長八年(930)九月の醍醐天皇の崩御の翌春、三月の末日、場所は都である。
直接の契機は、醍醐天皇の崩御の後、三月の末日に三条右大臣へ歌を贈ったことである。
初句「桜散る」は、桜の散る時節をいう。花の散る景に、帝を失った悲しみが重ねられている。
二句「春の末には」の「末」は終わりである。巻頭歌の第七百五十七首の「末の露」と同じ語が、ここでは季節の終わりとして用いられる。
三句「なりにけり」は、なってしまったことだ、の意である。「けり」はいつの間にかそうなっていたことに気づく詠嘆で、ここで三句切れとなる。
四句「雨間も知らぬ」の「雨間」は、雨の晴れ間である。晴れ間もなく降り続く、の意で、結句の「ながめ」を導く。
結句「ながめせし間に」の「ながめ」は、長雨の意と、物思いにふけってぼんやりと見る「眺め」の意を掛ける掛詞である。上の句と下の句が倒置となり、悲しみに沈んでいるうちに春が過ぎていたという気づきが示される。『古今和歌集』の小野小町の歌「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」と同じ結句で、同じく花の終わりと物思いを取り合わせている。
かくる:貴人が亡くなる
つごもり:月の末日
すゑ:終わり
あまま:雨の晴れ間
ながめ:長雨の意と、物思いにふけって眺める意を掛ける
- 作者
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藤原兼輔
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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