春霞かすみし空の名残さへ
今日を限りの別れなりけり
- 歌の意味
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春霞がかすんでいた空の名残さえも、春の終わる今日を限りとする別れであったことだ。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 766
詞書「定家朝臣母の思ひに侍りける春の暮に遣はしける」
春の死別を詠む一連の八首目である。春霞のかすんでいた空の名残さえも、春の尽きる今日を限りに別れてゆくのだと詠む。詞書によれば、定家朝臣が母の喪に服していた春の暮に贈った歌である。
作者は九条兼実の子で、摂政太政大臣に至り、『新古今和歌集』の仮名序を書いた。「定家朝臣」は藤原俊成の子の藤原定家で、その母の美福門院加賀は建久四年(1193)二月に没した。
場面は建久四年(1193)の春の暮、場所は都である。
直接の契機は、母の喪に服していた定家朝臣を見舞ったことである。
初句「春霞」は、春に立つ霞である。本巻の第七百五十八首に見たように、霞は死者を送った煙がまぎれゆくものとして詠まれる。
二句「かすみし空の」は、霞のかかっていた空の、の意である。初句の「霞」を動詞の「かすむ」で重ねて、春の空を強く印象づける。「し」は過去の助動詞で、母が亡くなってから過ごした春の空を振り返る。
三句「名残さへ」の「名残」は、過ぎ去ったもののあとに残る気配である。「さへ」は添加で、母との別れに加えて、その空の名残までも、の意である。
四句「今日を限りの」は、今日を最後とする、の意である。春の暮の今日で、春が終わることをいう。
結句「別れなりけり」の「けり」は詠嘆である。母と別れた春と、今度はその春の名残とも別れることになると気づいた嘆きである。二つの別れを重ねて、喪の中に過ぎた一季節を送る。次歌の第七百六十七首では、霞が葬送の煙を隠し、霞と煙の取り合わせがさらに続く。
おもひ:喪に服すること
なごり:過ぎ去った後に残る気配
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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