形見とて見れば嘆きのふかみ草
何なかなかの匂ひなるらん
- 歌の意味
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形見と思って見ると、嘆きが深まるばかりの深見草である。どうしてかえってつらさを増す、このような美しさなのであろうか。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 768
詞書「六条摂政隠れ侍りてのち、植ゑ置きて侍りける牡丹の咲きて侍りけるを折りて、女房のもとより遣はして侍りければ」
夏の景物に故人をしのぶ一連の一首目である。形見と思って見ると嘆きが深まる深見草であり、どうしてかえってつらさを増す美しさなのかと詠む。詞書によれば、六条摂政が亡くなった後、生前に植えておいた牡丹が咲いたのを、女房が折って贈ってきたのに応えた歌である。
作者は左京大夫藤原顕輔の子で、大宰大弐となった。六条藤家の歌人である。「六条摂政」は藤原基実で、関白藤原忠通の子である。摂政となったが、仁安元年(1166)に若くして没した。
場面は基実が亡くなった後の牡丹の咲くころ、場所は都である。
直接の契機は、故人の植えた牡丹を女房から贈られたことである。
初句「形見とて」は、形見と思って、の意である。故人が植えた牡丹を、故人をしのぶよすがと見る。
二句「見れば嘆きの」は、見るといっそう嘆きが、の意で、三句の「ふかみ草」へと続く。
三句「ふかみ草」は牡丹の異名である。その「ふかみ」に、嘆きが「深み」の意を掛ける掛詞で、二句から「嘆きの深み」と読み下しつつ草の名へ移る。
四句「何なかなかの」の「なかなか」は、なまじっか、かえって、の意である。形見の花の美しさがかえって悲しみを増すことをいう。
結句「匂ひなるらん」の「匂ひ」は、花の美しい色つやである。「らん」は推量で、四句の「何」を受け、どうしてかえってつらいばかりの美しさなのであろうか、と結ぶ。本巻の第七百六十三首が故人の植えた桜を詠んだのと同じく、ここでは故人の植えた牡丹が悲しみを呼び、景物は春の花から夏の花へと移る。次歌の第七百六十九首も、故人の植えた菖蒲を詠む。
かくる:貴人が亡くなる
うゑおく:植えておく
かたみ:故人をしのぶよすがとなるもの
ふかみぐさ:牡丹の異名で、嘆きが深い意の「深み」を掛ける
にほひ:花の美しい色つや
- 作者
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藤原重家
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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