よそなれど同じ心ぞ通ふべき
誰も思ひのひとつならねば
- 歌の意味
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あなたとは別々の身であるけれど、同じ心が通い合うはずである。どちらの嘆きも、ただ一人きりのものではないのだから。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 773
詞書「住み侍りける女亡くなりにけるころ、藤原為頼朝臣妻身まかりにけるに遣はしける」
妻を亡くした悲しみを詠み交わす一連の一首目で、贈答の贈歌である。身は別々でも同じ心が通うはずであり、嘆きはひとつきりのものではないのだからと詠む。詞書によれば、作者と連れ添っていた女が亡くなったころ、藤原為頼の妻も亡くなったので、為頼に贈った歌である。
作者は祖父藤原実頼の養子となって小野宮流を継ぎ、右大臣に至った。日記『小右記』を残した。「藤原為頼朝臣」は藤原兼輔の孫で、紫式部の伯父にあたる歌人である。
場面は二人がそれぞれ妻を亡くしたころ、場所は記されていない。
直接の契機は、自分と同じころに為頼も妻を亡くしたことである。
初句「よそなれど」の「よそ」は、自分とは別の、関わりの外にあるもの、の意である。「ど」は逆接で、別々の身であるけれど、と始める。
二句「同じ心ぞ」の「ぞ」は強意の係助詞で、三句の「べき」と連体形で結ぶ。妻を失った者どうしの同じ心をいう。
三句「通ふべき」の「べき」は当然の推量で、通い合うはずである、の意である。ここで三句切れとなる。
四句「誰も思ひの」の「思ひ」は、亡き人を思う嘆きである。「誰も」は、作者と為頼のどちらも、の意である。
結句「ひとつならねば」は、一つきりではないのだから、の意である。嘆きを抱く者が自分ひとりではないことを理由として、上の句の心の通い合いを導く。倒置により理由が結句に置かれている。次歌の第七百七十四首は、この「ひとつ」を「ひとり」と言い換えて返す。
すむ:男が女と夫婦として暮らす
みまかる:亡くなる
よそ:自分とは関わりのない所や人
- 作者
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藤原実資
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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