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置くと見し露もありけり
はかなくて消えにし人を何にたとへん

歌の意味
置いていると見た露も、こうして残っていたのだ。それなのに、はかなく消えてしまったあの子を、何にたとえたらよいのだろうか。
鑑賞
巻第八 哀傷歌 775

詞書「小式部内侍、露置きたる萩織りたる唐衣を着て侍りけるを、身まかりてのち、上東門院より尋ねさせたまひける、奉るとて」
 秋の景物に故人をしのぶ一連の一首目で、贈答の贈歌である。置いていると見た露も残っているのに、はかなく消えた人は何にたとえればよいのかと詠む。詞書によれば、娘の小式部内侍が露の置いた萩を織り出した唐衣を着ていたが、その死後に上東門院がその唐衣を求めたので、奉るときに添えた歌である。
 作者は大江雅致の娘で、和泉守橘道貞の妻となり、のち上東門院に仕えた。「小式部内侍」は作者と橘道貞の娘で、母とともに上東門院に仕えたが、万寿二年(1025)に若くして亡くなった。「上東門院」は藤原道長の娘の藤原彰子で、一条天皇の中宮である。
 場面は小式部内侍が亡くなった後、場所は記されていない。
 直接の契機は、上東門院に求められて、娘の形見の唐衣を奉ったことである。

 初句「置くと見し」は、置いていると見た、の意である。唐衣に萩とともに織り出された露を、実際に置いた露のように見る。
 二句「露もありけり」の「けり」は詠嘆で、あったのだと気づく心を示す。ここで二句切れとなる。消えやすいはずの露が、織物の中では消えずに残っている。
 三句「はかなくて」は、あっけなく、の意で、四句の「消え」にかかる。
 四句「消えにし人を」の「消え」は露の縁語である。「に」は完了、「し」は過去で、すでに亡くなってしまった娘をいう。
 結句「何にたとへん」の「ん」は推量で、何にたとえたらよいのだろうか、の意である。はかないものの喩えとされてきた露が、ここでは形見の衣に残っており、露よりもはかなく消えた娘には、たとえるものがないという。人の命を露にたとえる本巻の第七百五十七首以来の通念に対し、露のほうが残ったと理屈を差し向けている。次歌の第七百七十六首は、この露を形見として受けて返す。

みまかる:亡くなる
からぎぬ:女房の正装で、表着の上に着る丈の短い上着
たづぬ:探し求める
作者
和泉式部
出典
新古今和歌集
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