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袖にさへ秋の夕べは知られけり
消えし浅茅が露をかけつつ

歌の意味
心ばかりでなく袖にまで、秋の夕べのあわれは思い知られることだ。はかなく消えた浅茅の露を、袖に掛けながら。
鑑賞
巻第八 哀傷歌 778

詞書「一品資子内親王に会ひて、昔のことども申し出だして詠み侍りける」
 秋の景物に故人をしのぶ一連の四首目である。消えた浅茅の露を掛けながら、袖にまで秋の夕べのあわれが知られると詠む。詞書によれば、一品資子内親王に会い、昔のことを語り合って詠んだ歌である。
 作者は醍醐天皇の皇子重明親王の娘で、斎宮を務めたのち村上天皇の女御となり、斎宮女御と呼ばれた。三十六歌仙の一人である。「一品資子内親王」は村上天皇の皇女で、母は中宮藤原安子である。二人はともに村上天皇の御代を知る人である。
 場面は秋の夕べ、場所は記されていない。
 直接の契機は、資子内親王と会って昔のことを語り合ったことである。

 初句「袖にさへ」の「さへ」は、…までも、の意である。心だけでなく袖にまで、と悲しみが目に見える形で表れることをいう。
 二句「秋の夕べは」は、もの悲しさのきわまる時として詠まれてきた秋の夕暮れである。
 三句「知られけり」の「れ」は自発、「けり」は詠嘆で、自然と思い知られることだ、の意である。ここで三句切れとなる。
 四句「消えし浅茅が」は、はかなく消えた浅茅の、の意である。前歌の第七百七十七首の「浅茅原」「はかなく消えし」を受け、昔を共にした人々の亡くなったことを、浅茅の露の消えたさまに重ねる。
 結句「露をかけつつ」の「つつ」は反復継続で、露を掛けながら、の意である。袖に掛かる露は涙を思わせ、初句の「袖」に返る。倒置により、三句の「知られけり」の理由が下の句に置かれている。前歌が草の上の露を形見と見たのに対し、ここでは露が袖に移り、次歌の第七百七十九首の「露の宿り」へと続く。

いっぽん:親王、内親王に与えられる品位の第一等
まうしいだす:話に持ち出す
あさぢ:丈の低い茅
作者
徽子女王
出典
新古今和歌集
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