- 歌の意味
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女郎花を見ても心は慰められず、いっそう昔の秋が恋しいことだ。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 782
詞書「廉義公の母亡くなりてのち、女郎花を見て」
秋の景物に故人をしのぶ一連の八首目である。女郎花を見ても心は慰まず、いっそう昔の秋が恋しいと詠む。詞書によれば、廉義公の母が亡くなった後、女郎花を見て詠んだ歌である。
作者は関白藤原忠平の子で、関白、太政大臣、摂政を務め、小野宮流の祖となった。清慎公は死後に贈られた諡号である。「廉義公」は作者の子の藤原頼忠で、関白太政大臣に至った。その母は藤原時平の娘で、作者の妻である。
場面は頼忠の母が亡くなった後の秋、場所は記されていない。
直接の契機は、妻の亡き後に女郎花を見たことである。
初句「女郎花」は、秋の七草の一つで、名に「をみな」(女)を含むことから、女性になぞらえて詠まれてきた花である。ここでは亡き妻を思わせる。
二句「見るに心は」の「に」は、…につけても、の意である。花を見ることが心を慰めるはずのものとして置かれる。
三句「なぐさまで」の「で」は打消の接続で、慰められないで、の意である。花を見れば慰むはずの心が慰まない。
四句「いとど昔の」の「いとど」は、いっそう、の意である。花を見たことがかえって昔を思い出させる。
結句「秋ぞ恋しき」の「ぞ」は強意の係助詞で、「恋しき」と連体形で結ぶ。妻とともにあった昔の秋を恋う。本巻の第七百六十八首が形見の花にかえって嘆きが深まると詠んだのと同じく、花が慰めにならない嘆きである。この歌から「昔」の語が、次歌の第七百八十三首、第七百八十四首へと続く。
をみなへし:秋の七草の一つで、黄色い小花をつける草
なぐさむ:心が晴れる
- 作者
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藤原実頼
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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