袖濡らす萩のうは葉の露ばかり
昔忘れぬ虫の音ぞする
- 歌の意味
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袖を濡らす萩の上葉の露と同じほどに、昔を忘れない虫の鳴く音がすることだ。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 784
詞書「従一位源師子隠れ侍りて、宇治より新少将がもとに遣はしける」
秋の景物に故人をしのぶ一連の十首目である。袖を濡らす萩の上葉の露ほどに、昔を忘れない虫の音がすると詠む。詞書によれば、従一位源師子が亡くなり、宇治から新少将のもとへ贈った歌である。
作者は関白藤原師通の子で、摂政、関白、太政大臣を務め、のち出家して知足院と号した。「従一位源師子」は作者の正室で、右大臣源顕房の娘であり、関白藤原忠通と高陽院藤原泰子の母である。「新少将」は女房の呼称である。
場面は師子が亡くなった後の秋、場所は宇治である。
直接の契機は、師子の死を悼み、宇治から新少将へ歌を贈ったことである。
宇治は都の南にあり、藤原氏の別業が多く営まれた地である。
初句「袖濡らす」は、袖を濡らす、の意で、萩の露にかかる。袖を濡らすものとして、涙を思わせる。前歌の第七百八十三首の「袖のよそ」に対し、ここでは袖が濡れている。
二句「萩のうは葉の」の「うは葉」は、草木の上のほうの葉である。萩は秋を代表する草で、露を置くものとして詠まれてきた。
三句「露ばかり」の「ばかり」は程度を示し、露と同じほどに、の意である。萩の露と袖の涙が重ねられている。
四句「昔忘れぬ」は、亡き人のいた昔を忘れない、の意である。本巻の第七百八十二首、第七百八十三首に続いて「昔」の語が置かれる。
結句「虫の音ぞする」の「ぞ」は強意の係助詞で、「する」と連体形で結ぶ。昔を忘れずに鳴く虫の声に、亡き人をしのんで泣く自分の声が重なる。本巻の第七百七十五首から続いた露の歌に虫の音が加わり、秋の景物に故人をしのぶ一連は、次歌の第七百八十五首の嵯峨野の露へと続く。
かくる:貴人が亡くなる
うはば:草木の上のほうの葉
- 作者
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藤原忠実
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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