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さらでだに露けき嵯峨の野辺に来て
昔の跡にしをれぬるかな

歌の意味
そうでなくてさえ露の多い嵯峨の野辺にやって来て、亡き人の昔の跡で、露に濡れた草のようにしおれてしまったことだ。
鑑賞
巻第八 哀傷歌 785

詞書「法輪寺に詣で侍るとて、嵯峨野に大納言忠家が墓の侍りけるほどにまかりて詠み侍りける」
 秋の景物に故人をしのぶ一連の十一首目である。そうでなくても露の多い嵯峨の野辺に来て、昔の人の跡でしおれてしまったと詠む。詞書によれば、法輪寺に参詣しようとして、嵯峨野にある大納言忠家の墓のあたりに立ち寄って詠んだ歌である。
 作者は大納言藤原忠家の子で、権中納言に至り、藤原俊成の父にあたる。「大納言忠家」は作者の父の藤原忠家で、権大納言藤原長家の子である。
 場面は嵯峨野に露の置くころ、場所は嵯峨野にある忠家の墓のあたりである。
 直接の契機は、法輪寺への参詣の途中に、父忠家の墓に立ち寄ったことである。
 法輪寺は嵯峨の嵐山にある寺である。嵯峨野は都の西郊の野で、秋の草花や露とともに詠まれた歌枕である。

 初句「さらでだに」は、そうでなくてさえ、の意である。墓を訪れるのでなくても、という含みを初句に置く。
 二句「露けき嵯峨の」の「露けき」は、露が多くしっとりと濡れている、の意である。嵯峨野の露に、墓前の涙の湿りが重ねられる。
 三句「野辺に来て」は、嵯峨の野辺にやって来て、の意である。前歌の第七百八十四首が宇治から贈られた歌であったのに対し、場所は都の西の嵯峨野に移る。
 四句「昔の跡に」の「昔の跡」は、亡き父の墓をいう。本巻の第七百八十二首から続く「昔」の語をここでも受ける。
 結句「しをれぬるかな」の「しをる」は、草木が露に濡れてぐったりする意で、そのさまを悲しみに打ちひしがれる身に重ねる。「ぬる」は完了、「かな」は詠嘆である。次歌の第七百八十六首、第七百八十七首も嵯峨野を詠み、嵯峨野の歌が三首続く。

まうづ:寺社に参詣する
まかる:出向く
しをる:草木が濡れてぐったりする、しおれる
作者
藤原俊忠
出典
新古今和歌集
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