朽ちもせぬその名ばかりを留め置きて
枯野の薄形見とぞ見る
- 歌の意味
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朽ちることのないその名だけをこの世に留め置いて、あの人は去った。枯野の薄を、その形見として見ることだ。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 793
詞書「陸奥国へまかれりける野中に、目に立つさまなる塚の侍りけるを問はせ侍りければ、これなん中将の塚と申すと答へければ、中将とはいづれの人ぞと問ひ侍りければ、実方朝臣の事となん申しけるに、冬の事にて、霜枯れの薄ほのぼの見えわたりて、折節もの悲しう覚え侍りければ」
秋の景物に故人をしのぶ一連の十九首目である。朽ちることのない名だけを留め置いて、枯野の薄を形見として見ると詠む。詞書によれば、陸奥国へ下ったとき、野中に目立つ塚があったので尋ねさせると中将の塚だと答え、中将とは誰かと問うと実方朝臣のことだと言い、冬のことで霜枯れの薄がほのかに見わたされ、折からもの悲しく思われて詠んだ歌である。
作者は俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが、二十三歳で出家し、諸国を旅して歌を詠んだ。「実方朝臣」は藤原実方で、左近中将となったが、陸奥守として下向し、長徳四年(998)に任地で亡くなった。
場面は冬、場所は陸奥国の野中にある実方の塚のあたりである。
直接の契機は、陸奥国の旅の途中で、実方の塚を見たことである。
この歌は作者の家集『山家集』にも見える。実方の塚は、現在の宮城県名取市に伝わる。
初句「朽ちもせぬ」は、朽ちることもない、の意である。塚に眠る身は朽ちても、名は朽ちないという対比を含む。
二句「その名ばかりを」の「その名」は、実方の名である。「ばかり」は限定で、名だけを、の意である。
三句「留め置きて」は、この世に留め置いて、の意である。実方が名だけを残して世を去ったことをいう。
四句「枯野の薄」は、霜に枯れた野の薄である。詞書の「霜枯れの薄」を受け、初句の「朽ちもせぬ」と枯れた薄が対をなす。
結句「形見とぞ見る」の「ぞ」は強意の係助詞で、「見る」と連体形で結ぶ。朽ちない名と枯れた薄とを並べ、目に見える形見は枯野の薄ばかりであるという。詞書に冬のこととあり、秋の景物の一連のなかで、霜枯れの薄によって季節が冬へと深まっている。前歌までが身近な人の死を嘆く歌であったのに対し、ここでは旅先で、会うことのなかった昔の人をしのぶ。
まかる:都から地方へ下る
つか:土を盛って築いた墓
しもがる:霜にあたって草木が枯れる
かれの:草木の枯れた野
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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