古典和歌stream

まれに来る夜半も悲しき松風を
絶えずや苔の下に聞くらん

歌の意味
まれに来て聞く一夜でさえ悲しいこの松風を、亡き人は苔の下で、絶えず聞いているのであろうか。
鑑賞
巻第八 哀傷歌 796

詞書「定家朝臣母身まかりてのち、秋ころ、墓所近き堂に泊まりて詠み侍りける」
 秋の景物に故人をしのぶ一連の二十二首目である。まれに来て聞く夜半でさえ悲しい松風を、亡き人は苔の下で絶えず聞いているのであろうかと詠む。詞書によれば、定家朝臣の母が亡くなった後の秋ごろ、墓所に近い堂に泊まって詠んだ歌である。
 原文にはこの歌の作者名がなく、前歌の作者を受ける。「定家朝臣母」は作者の妻の美福門院加賀で、建久四年(1193)二月に亡くなった。
 場面は妻の没後の秋の夜、場所は墓所に近い堂である。
 直接の契機は、墓所に近い堂に泊まったことである。

 初句「まれに来る」は、たまにしか来ない、の意である。生きている自分が墓所をまれに訪れることをいう。
 二句「夜半も悲しき」の「も」は、…でさえ、の意である。まれに来て聞く一夜でさえ悲しい、と三句の「松風」にかかる。
 三句「松風を」は、松に吹く風の音である。前歌の第七百九十五首の嵐の山風に続いて、風の音を詠む。
 四句「絶えずや苔の」の「絶えず」は、初句の「まれに」と対をなす。「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」で結ばれる。「苔の下」は墓の中をいう。
 結句「下に聞くらん」の「らん」は現在推量で、四句の「や」を受け、聞いているのであろうか、と結ぶ。まれに来る生者と、絶えず墓の下にいる死者とを対比し、自分が一夜でも耐えがたい松風を、亡き妻は絶えず聞いていると思いやる。本巻の第七百八十八首と同じく美福門院加賀の死を悼む歌であり、母を失った子の歌に、妻を失った夫の歌が応じる配列となっている。

みまかる:亡くなる
よは:夜中
こけのした:墓の中
作者
藤原俊成
出典
新古今和歌集
その他の歌