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思ひ出づるをりたく柴の夕煙
むせぶもうれし忘れ形見に

歌の意味
亡き人を思い出すその折に、折って焚く柴の夕煙よ。それにむせぶのもうれしい。忘れないための形見と思えば。
鑑賞
巻第八 哀傷歌 801

詞書「十月ばかり水無瀬に侍りしころ、前大僧正慈円のもとへ、濡れて時雨のなど申し遣はして、次の年の神無月に、無常の歌あまた詠みて遣はし侍りし中に」
 冬の景物に故人をしのぶ一連の二首目で、贈答の贈歌である。亡き人を思い出す折に折って焚く柴の夕煙にむせぶのも、忘れ形見と思えばうれしいと詠む。詞書によれば、十月ごろ水無瀬にいたとき慈円に「濡れて時雨の」などと言い送り、翌年の十月に無常の歌を数多く詠んで慈円に贈った中の一首である。
 作者は高倉天皇の皇子で、譲位後に院政を行い、『新古今和歌集』の撰進を命じた。「前大僧正慈円」は関白藤原忠通の子で、天台座主を四度務めた。
 場面は十月の夕暮れ、場所は記されていない。
 直接の契機は、前年の十月に水無瀬から慈円へ言い送ったのに続き、翌年の十月に無常の歌を数多く詠んで贈ったことである。
 水無瀬は摂津国の水無瀬川のほとりの地で、作者の離宮が営まれた。

 初句「思ひ出づる」は、亡き人を思い出す、の意で、二句の「をり」にかかる。
 二句「をりたく柴の」の「をり」は、思い出す「折」の意と、柴を「折り」焚く意を掛ける掛詞である。「たく」は火に燃やす意である。
 三句「夕煙」は、夕暮れに柴を焚く煙である。立ち昇る煙は、火葬の煙をも思わせる。
 四句「むせぶもうれし」は、煙にむせぶのもうれしい、の意である。「むせぶ」には、煙にむせる意に、涙にむせび泣く意が重なる。ここで四句切れとなる。
 結句「忘れ形見に」は、忘れないための形見として、の意である。倒置により、むせぶのがうれしい理由が結句に置かれる。前歌の第八百首の紅葉の一葉に続き、ここでは柴を焚く夕煙が形見となる。次歌の第八百二首は、この「思ひ出づるをりたく柴」をそのまま受けて返す。

をり:思い出す時の意の折と、柴を折る意の折りを掛ける
たく:火に燃やす
しば:山野に生える小さな雑木、薪にする枝
むせぶ:煙で息がつまる、涙で声がつまる
作者
後鳥羽院
出典
新古今和歌集
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