手すさびのはかなき跡と見しかども
長き形見になりにけるかな
- 歌の意味
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慰みに書いた、とりとめのない筆の跡と見ていたけれど、それが長く残る形見になってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 805
詞書「右大将通房身まかりてのち、手習ひすさびて侍りける扇を見出だして詠み侍りける」
筆跡を形見としてしのぶ一連の一首目である。慰みに書いたはかない筆の跡と見ていたが、長い形見になってしまったと詠む。詞書によれば、夫の右大将通房が亡くなった後、通房が慰みに手習いをしていた扇を見つけ出して詠んだ歌である。
作者は右大臣源師房の娘で、藤原通房の妻となった。「右大将通房」は関白藤原頼通の子の藤原通房で、右近衛大将となったが、長久五年(1044)に二十歳で亡くなった。
場面は通房が亡くなった後、場所は記されていない。
直接の契機は、亡き夫が手習いをしていた扇を見つけ出したことである。
初句「手すさびの」の「手すさび」は、慰みに手を動かしてすること、ここでは慰みの手習いである。
二句「はかなき跡と」の「跡」は筆跡である。とりとめのない、取るに足らない書きものと見ていたことをいう。
三句「見しかども」の「しか」は過去の「き」の已然形、「ども」は逆接で、見ていたけれども、の意である。
四句「長き形見に」は、長く残る形見に、の意である。二句の「はかなき」と「長き」が対をなす。
結句「なりにけるかな」の「に」は完了、「ける」は詠嘆で、なってしまったことだ、の意である。はかないと見ていた筆の跡が長く残り、長く生きると思っていた人がはかなく亡くなったという反転を示す。前歌の第八百四首までの景物に寄せる歌から、ここでは故人の書き残した筆跡へと形見が移り、次歌の第八百六首、第八百七首も筆跡を詠む。
みまかる:亡くなる
てならふ:文字を書く練習をする
てすさび:慰みにすること
- 作者
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源師房女
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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