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いにしへのなきに流るる水茎の
跡こそ袖のうらに寄りけれ

歌の意味
もういない昔の人を思って泣く涙に流れる筆の跡は、浦に波が寄せるように、私の袖の裏にこそ寄ってきたのだった。
鑑賞
巻第八 哀傷歌 807

詞書「返し」
 筆跡を形見としてしのぶ一連の三首目で、前歌への返しである。昔の人のいない悲しみに泣いて流れる筆の跡は、袖の裏にこそ寄ってきたと応える。詞書は返しで、前歌の馬内侍の贈歌に答えたものである。
 作者は醍醐天皇の皇子重明親王の娘で、斎宮を務めたのち村上天皇の女御となり、斎宮女御と呼ばれた。三十六歌仙の一人である。
 場面は前歌と同じ村上天皇の没後、場所は斎宮女御の御所である。
 直接の契機は、馬内侍から贈られた前歌への返しである。

 初句「いにしへの」は、過ぎ去った昔の、の意で、村上天皇の在世のころをいう。
 二句「なきに流るる」の「なき」は、昔の人がもういない意の「無き」と、涙を流して「泣き」の意を掛ける掛詞である。「流るる」は涙が流れる意で、三句の「水茎」の「水」の縁語でもある。
 三句「水茎の」は、前歌の三句「水茎の」をそのまま受ける。
 四句「跡こそ袖の」の「跡」は、前歌の「跡はかくても」を受ける。「こそ」は強意の係助詞で、結句の「けれ」と已然形で結ぶ。
 結句「うらに寄りけれ」の「うら」は、袖の「裏」と、波の寄せる「浦」を掛ける掛詞である。「流るる」「水茎」「浦」「寄る」と水にかかわる語を連ねる。前歌が筆の跡の行方も知れないと詠んだのに対し、流れた跡は涙に濡れた袖の裏にこそ寄ってきたと、行方を示して返している。

なき:もういない意の無きと、泣く意の泣きを掛ける
みづくき:筆、また筆跡
うら:衣の裏の意と、海辺の浦の意を掛ける
よる:波などが寄せる
作者
徽子女王
出典
新古今和歌集
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