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玉の緒の長きためしに引く人も
消ゆれば露に異ならぬかな

歌の意味
長寿の例として引き合いに出される人も、亡くなってしまえば、はかない露と変わらないことだ。
鑑賞
巻第八 哀傷歌 815

詞書「小野宮右大臣身まかりぬと聞きて詠める」
 亡き人の身の上を詠む一連の二首目である。命の長い例として引き合いに出される人も、消えてしまえば露と変わらないと詠む。詞書によれば、小野宮右大臣が亡くなったと聞いて詠んだ歌である。
 作者は藤原道長の子で、権大納言に至り、歌道の家である御子左家の祖となった。「小野宮右大臣」は藤原実資で、右大臣に至り、日記『小右記』を残した。永承元年(1046)に九十歳で亡くなった。
 場面は実資が亡くなったと聞いたころ、場所は記されていない。
 直接の契機は、実資の死を伝え聞いたことである。

 初句「玉の緒の」の「玉の緒」は、命のことである。「緒」の縁で、二句の「長き」と三句の「引く」を導く。
 二句「長きためしに」の「ためし」は、例、手本の意である。長寿の例として、の意となる。
 三句「引く人も」の「引く」は、例として引き合いに出す意である。「緒」を引く意が響き、「玉の緒」の縁語として働く。
 四句「消ゆれば露に」の「消ゆれば」は、消えてしまうと、の意で、人が亡くなることをいう。「露」は「玉」の縁語でもある。
 結句「異ならぬかな」は、変わらないことだ、の意で、「かな」は詠嘆である。長い命の例とされた人も、死ねばはかない露と同じであるという。前歌の第八百十四首が亡き中宮の身の上を夢に語ったのに続き、ここでは長寿の人の死を詠み、人の命のはかなさを示す。本巻の第七百七十五首以来の露のたとえが、ここでは長寿の人にまで及ぶ。

みまかる:亡くなる
たまのを:命
ためし:例、手本
作者
藤原長家
出典
新古今和歌集
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