誰か世に永らへて見ん書きとめし
跡は消えせぬ形見なれども
- 歌の意味
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誰がこの世に生き長らえて、これを見続けることができようか。書きとどめた筆の跡は、消えることのない形見であるけれども。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 817
詞書「上東門院小少将身まかりてのち、常にうち解けて書き交はしける文の、物の中に侍りけるを見出でて、加賀少納言がもとへ遣はしける」
遺品や住まいの跡に故人をしのぶ一連の二首目で、贈答の贈歌である。書きとどめた跡は消えない形見であるが、誰がこの世に生き長らえて見続けることができようかと詠む。詞書によれば、上東門院の小少将が亡くなった後、いつも打ち解けて書き交わしていた手紙が物の中にあったのを見つけ出して、加賀少納言のもとへ贈った歌である。
作者は藤原為時の娘で、上東門院に仕え、『源氏物語』を著した。「上東門院小少将」は上東門院に仕えた女房で、作者と親しく交わった。「加賀少納言」も上東門院に仕えた女房である。
場面は小少将が亡くなった後、場所は記されていない。
直接の契機は、亡き小少将と書き交わした手紙を見つけ出したことである。
この歌と次歌の返しは、作者の家集『紫式部集』にも見える。
初句「誰か世に」の「か」は反語の係助詞で、二句の「ん」と連体形で結ぶ。誰がこの世に、の意である。
二句「永らへて見ん」は、生き長らえて見ることができようか、いやできない、の意である。ここで二句切れとなる。
三句「書きとめし」は、書きとどめた、の意である。「し」は過去で、亡き人と書き交わした手紙をいう。
四句「跡は消えせぬ」の「跡」は筆跡である。「消えせぬ」は、消えることのない、の意である。
結句「形見なれども」の「ども」は逆接で、形見であるけれども、の意である。倒置により、形見は残っても見る人がいつまでも生きてはいないという理が結句で示される。本巻の第八百五首から第八百七首が筆跡を長い形見として詠んだのに対し、ここでは形見は消えなくても見る人の命が続かないと理屈を差し向けている。次歌の第八百十八首は、この嘆きを受けて返す。
みまかる:亡くなる
ふみ:手紙
あと:筆跡
- 作者
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紫式部
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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