亡き人の跡をだにとて来て見れば
あらぬ里にもなりにけるかな
- 歌の意味
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亡き人の跡だけでもしのぼうと思って来てみると、昔とはまるで違う里になってしまっていることだ。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 819
詞書「僧正明尊隠れてのち、久しくなりて、房なども岩倉に取り渡して、草生ひ茂りて異様になりにけるを見て」
遺品や住まいの跡に故人をしのぶ一連の四首目で、一連の最後の歌である。亡き人の跡だけでもと来てみると、別の里になってしまっていたと詠む。詞書によれば、僧正明尊が亡くなってから久しくなり、僧房なども岩倉に移されて、跡には草が生い茂り様子がすっかり変わっていたのを見て詠んだ歌である。
作者は平安時代中期の天台宗の僧で、律師の位にあった。「僧正明尊」は平安時代中期の天台宗の僧で、僧正の位にあった。
場面は明尊の没後久しく経ったころ、場所は明尊の僧房の跡である。
直接の契機は、明尊の僧房の跡を訪れ、様子が変わり果てているのを見たことである。
岩倉は都の北の地である。
初句「亡き人の」は、亡き明尊の、の意である。
二句「跡をだにとて」の「跡」は、住んでいた所の跡である。「だに」は、せめて…だけでも、の意で、人には会えなくても跡だけでも見ようという心を示す。
三句「来て見れば」の「ば」は順接の確定条件で、来てみると、の意である。
四句「あらぬ里にも」の「あらぬ」は、別の、違う、の意である。見慣れた所が別の里のようになっていることをいう。
結句「なりにけるかな」の「に」は完了、「ける」「かな」は詠嘆で、なってしまったことだ、の意である。形見の品を詠んだ前歌までに対し、ここでは住まいの跡そのものが失われ、しのぶよすがさえ残らない嘆きとなる。本巻の第七百七十七首で中宮の御殿の跡が草ばかり茂っていたのと、草の茂る跡をしのぶ点で響き合う。
かくる:貴人が亡くなる
ばう:僧の住む建物
とりわたす:ほかの場所へ移す
- 作者
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慶暹
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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