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見し人の煙になりし夕べより
名ぞむつましき塩竃の浦

歌の意味
親しく見馴れた人が火葬の煙となったあの夕べから、塩を焼く煙の立つ塩竃の浦は、その名までが親しく思われる。
鑑賞
巻第八 哀傷歌 820

詞書「世のはかなき事を嘆くころ、陸奥に名ある所々書いたる絵を見侍りて」
 煙に故人をしのぶ一連の一首目である。見馴れた人が煙になった夕べから、塩竃の浦はその名が親しく思われると詠む。詞書によれば、世のはかなさを嘆いていたころ、陸奥国の名所の数々を描いた絵を見て詠んだ歌である。
 作者は藤原為時の娘で、上東門院に仕え、『源氏物語』を著した。詞書には、「見し人」が誰を指すかは記されていない。
 場面は親しい人を亡くした後、場所は陸奥国の名所を描いた絵の前である。
 直接の契機は、陸奥国の名所を描いた絵の中に塩竃の浦を見たことである。
 塩竃の浦は陸奥国の歌枕で、海水を煮て塩を焼く煙とともに詠まれた。この歌は『紫式部集』にも見える。

 初句「見し人の」は、親しく見馴れた人の、の意である。「し」は過去で、今は亡い人をいう。
 二句「煙になりし」は、火葬の煙になった、の意である。
 三句「夕べより」の「より」は起点を示し、その夕べから、の意である。人を火葬した夕べを境として心が変わったことをいう。
 四句「名ぞむつましき」の「むつまし」は、親しく慕わしい意である。「ぞ」は強意の係助詞で、「むつましき」と連体形で結ぶ。塩竃という名が、塩を焼く煙を思わせるために親しく感じられるという。
 結句「塩竃の浦」は体言止めである。亡き人の火葬の煙と、塩竃の浦に立つ塩焼きの煙とが結びつけられ、行ったこともない遠い歌枕が、亡き人を思わせる名として慕わしくなる。本巻の第八百一首から第八百三首の夕煙と雲に続いて、ここでも煙に亡き人を見る。次歌の第八百二十一首、第八百二十二首も煙を詠む。

むつまし:親しく慕わしい
しほがま:海水を煮詰めて塩を作る竈
作者
紫式部
出典
新古今和歌集
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