- 歌の意味
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思ってもみてください、あなた。燃えた煙に紛れて消えることもなく、立ち遅れて残っている春の霞のような、この私を。
- 鑑賞
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巻第八 哀傷歌 822
詞書「返し」
煙に故人をしのぶ一連の三首目で、前歌への返しである。燃えた煙に紛れて消えもせず、立ち遅れて残る春の霞のような私を思ってほしいと応える。詞書は返しで、前歌の弁乳母の贈歌に答えたものである。
作者は平安時代中期の女房である。
場面は前歌と同じ後朱雀天皇崩御の後の春、場所は記されていない。
直接の契機は、弁乳母から贈られた前歌への返しである。
初句「思へ君」の「思へ」は命令で、思ってもみてください、の意である。「君」は弁乳母を指す。前歌の初句「あはれ君」に「思へ君」と対応させて返す。
二句「燃えし煙に」は、燃えた煙に、の意で、前歌の「野辺の煙」を受ける。後朱雀天皇を火葬した煙をいう。
三句「まがひなで」の「まがふ」は、紛れて見分けがつかなくなる意である。「で」は打消の接続で、煙に紛れて消えることもなく、の意となる。
四句「たち遅れたる」の「たち」は、霞が「立つ」意と、先立たれて「立ち遅れる」意を掛ける掛詞である。帝に先立たれて、ともに消えることもできず生き残った身をいう。
結句「春の霞を」の「を」は、初句の「思へ」の目的を示す。倒置により、思ってほしい自分の姿が結句に置かれる。帝の崩御は春であり、煙に紛れず空に残る春の霞に、生き残った自分をたとえる。前歌が帝の煙が雲となったと詠んだのに対し、ここでは雲とならずに残る霞として自分を示し、去った者と残された者とが対をなす。
まがふ:紛れて見分けがつかなくなる
たつ:霞が立つ意と、立ち遅れる意を掛ける
- 作者
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源三位
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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